May 20th, 2012
May 16th, 2012
April 29th, 2012
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一体どうやったらこういうことになれるんだろか…

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一体どうやったらこういうことになれるんだろか…

April 27th, 2012

azukiwhitetiger:

蒸し鶏のサラダ(圧力鍋使用)

【加圧5分、自然放置】

鶏もも肉 100グラム

ミニアスパラガス 8本ぐらい

どじょういんげん 5本ぐらい

ベビーリーフ 1袋

●ドレッシング

玉ねぎ 1/4個

にんじん 1/4本

☆ごま油 1

☆サラダ油 3

☆酢 4

☆しょう油 2

いりごま 好みで、多めだとおいしい

1 鶏もも肉を熱湯に通して「霜降り」をする。

2 圧力鍋に1の鶏と昆布だしをいれ、鶏がひたひたになるぐらいに水を入れる。

3 5分ほど加圧し、自然放置する。

4 冷えるまで放置すると、うまみが肉に戻りおいしい。

5 鍋から取り出し、食べやすい大きさにほぐす。

6 ミニアスパラガスとどじょういんげんを塩ゆでする。どじょういんげんはゆで上がったら縦半分に切ると食感がよくなる。

7 ボウルに5の鶏肉と6のミニアスパラガス、どじょういんげんを入れふんわりとかきまわす。

8 器においしそうに盛り、冷蔵する。

●ドレッシングの作り方

1 玉ねぎとにんじんはすり下ろす

2 1の玉ねぎとにんじんをまぜ、☆印の調味料を加減を見ながら入れる。油っこくならないように注意ね。

3 さらにごまを入れ、できあがり。

April 25th, 2012
April 14th, 2012

では私たち精神科医が捉える、人格の成熟の「指標」とはなんでしょうか? 精神科医の斎藤環先生(※1961年生まれ。筑波大学医学研究科博士課程修了、医学博士。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学)は次の2点をあげています。

・ストレスに耐えて葛藤を克服できる能力
・相手の感情を感じて自分の感情を適切にコントロールできる能力

 これらは、小学生時代から高校生くらいまでの思春期前後に、親子関係や友人関係における精神的葛藤体験の克服から獲得されてきます。

 ところが最近では、母親の溺愛と過保護、同年齢同士の交友関係の希薄化により、いわゆるギャングエイジと呼ばれる精神的な成長の時代に「人にもまれる」という経験をせずに、進学塾などで優秀に純粋培養されて成長した若者が増えています。

 このようなこどもたちは、友人とのケンカや争い、つまり葛藤状況に慣れていませんから、自分の辛さを乗り越えて、落としどころを見つけ折り合いをつけるスキルを持っていません。また、このことで相手がどの程度傷つくかなど理解できませんから、自分の気がすむまで、ひたすら主張を通します。もしどうしても上手くいかない場合は、お母さんが助けて保護してくれました。

 このように育った彼らは、現代の厳しい労働環境で人と協調して社会生活を営むには、あまりに未熟なのです。会社で困ったことがあっても、泣きつくお母さんがいない、腹を割って話す同僚がいない彼らは、どうしたらいいかわからなくなるのです。

April 12th, 2012
僕は或初夏の午後、谷崎氏と神田をひやかしに出かけた。谷崎氏はその日も黒背広に赤い襟飾りを結んでゐた。僕はこの壮大なる襟飾りに、象徴せられたるロマンティシズムを感じた。尤もこれは僕ばかりではない。往来の人も男女を問はず、僕と同じ印象を受けたのであらう。すれ違ふ度に谷崎氏の顔をじろじろ見ないものは一人もなかつた。しかし谷崎氏は何と云つてもさう云ふ事実を認めなかつた。
「ありや君を見るんだよ。そんな道行きなんぞ着てゐるから。」
 僕は成程夏外套の代りに親父の道行きを借用してゐた。が、道行きは茶の湯の師匠も菩提寺の和尚も着るものである。衆俗の目を駭かすことは到底一輪の紅薔薇に似た、非凡なる襟飾りに及ぶ筈はない。けれども谷崎氏は僕のやうにロヂックを尊敬しない詩人だから、僕も亦強ひてこの真理を呑みこませようとも思はなかつた。
 その内に僕等は裏神保町の或カッフエへ腰を下した。何でも喉の渇いたため、炭酸水か何か飲みにはひつたのである。僕は飲みものを註文した後も、つらつら谷崎氏の喉もとに燃えたロマンティシズムの烽火を眺めてゐた。すると白粉の剥げた女給が一人、両手にコツプを持ちながら、僕等のテエブルへ近づいて来た。コツプは真理のやうに澄んだ水に細かい泡を躍らせてゐた。女給はそのコツプを一つづつ、僕等の前へ立て並べた。それから、――僕はまだ鮮かにあの女給の言葉を覚えてゐる! 女給は立ち去り難いやうにテエブルへ片手を残したなり、しけじけと谷崎氏の胸を覗きこんだ。
「まあ、好い色のネクタイをしていらつしやるわねえ。」
 十分の後、僕はテエブルを離れる時に五十銭のティップを渡さうとした。谷崎氏はあらゆる東京人のやうに無用のティップをやることに軽蔑を感ずる一人である。この時も勿論五十銭のティップは谷崎氏の冷笑を免れなかつた。
「何にも君、世話にはならないぢやないか?」
 僕はこの先輩の冷笑にも羞ぢず、皺だらけの札を女給へ渡した。女給は何も僕等の為に炭酸水を運んだばかりではない。又実に僕の為には赤い襟飾りに関する真理を天下に挙揚してくれたのである。僕はまだこの時の五十銭位誠意のあるティップをやつたことはない。