愛澤さんの言葉を聞いて不思議に思ったことがあった。「負げねど飯舘!!」という団体名はずいぶん強そうというか、雄々しく聞こえる。が、愛澤さんの言葉は、楽観していなかった。そのギャップに驚いた。
それを言うと、愛澤さんは小さくため息をついた。
「飯舘はもう頑張れません。頑張れる状況じゃないんです。だから『負げねど』にしたんです」
思いがけない答えが返ってきて、私は返す言葉を失った。
「双葉(町。原発の地元)は突然死してしまった。でも保険(注:補助金や寄付など原発マネーのこと)に入っていたから、葬式が出せた。ここ(飯舘村)には交付金や補助金はおろか、東電の事務所すらいない。私たちも瀕死の重傷なのに、駆けつけてきた救急隊やまわりがみんな『大丈夫だ』『頑張れ』と言う。だから、せめて『負げねど』なんです」
そうだったのか。ジョークを飛ばし明るい愛澤さんと過ごすうちに、いつの間にか、私も「頑張る被災者」というマスコミがつくったスレテオタイプを投影していたのかもしれない。
「こうして記者さんに発言していても、本当は世間が怖いんです」
愛澤さんはぽつりと言った。
「世間はあっという間に敵に回ります。東電からの補償仮払金をもらって、遊んでいる村民もいます。それへのやっかみもあります」
私ははっとした。これまで、欲望と闘争が渦巻く都会から遠く離れた山村で、慎ましく助けあって暮らしてきた村人たちは、突然薄氷を踏むような毎日に投げ込まれたのだ。
村人が恐れているのは放射能だけではない。人間こそが怖いのだ。村の中で対立し、いがみ合う人間たち。被害者である村人に嫉妬の視線を向ける人間たち。
表面は笑顔で「頑張って」と言いながら、心の底では何を考えているのか分からない。目に見えない放射能に劣らぬ、その不気味さ。