April 14th, 2012

では私たち精神科医が捉える、人格の成熟の「指標」とはなんでしょうか? 精神科医の斎藤環先生(※1961年生まれ。筑波大学医学研究科博士課程修了、医学博士。専門は思春期・青年期の精神病理学、病跡学)は次の2点をあげています。

・ストレスに耐えて葛藤を克服できる能力
・相手の感情を感じて自分の感情を適切にコントロールできる能力

 これらは、小学生時代から高校生くらいまでの思春期前後に、親子関係や友人関係における精神的葛藤体験の克服から獲得されてきます。

 ところが最近では、母親の溺愛と過保護、同年齢同士の交友関係の希薄化により、いわゆるギャングエイジと呼ばれる精神的な成長の時代に「人にもまれる」という経験をせずに、進学塾などで優秀に純粋培養されて成長した若者が増えています。

 このようなこどもたちは、友人とのケンカや争い、つまり葛藤状況に慣れていませんから、自分の辛さを乗り越えて、落としどころを見つけ折り合いをつけるスキルを持っていません。また、このことで相手がどの程度傷つくかなど理解できませんから、自分の気がすむまで、ひたすら主張を通します。もしどうしても上手くいかない場合は、お母さんが助けて保護してくれました。

 このように育った彼らは、現代の厳しい労働環境で人と協調して社会生活を営むには、あまりに未熟なのです。会社で困ったことがあっても、泣きつくお母さんがいない、腹を割って話す同僚がいない彼らは、どうしたらいいかわからなくなるのです。

April 12th, 2012
僕は或初夏の午後、谷崎氏と神田をひやかしに出かけた。谷崎氏はその日も黒背広に赤い襟飾りを結んでゐた。僕はこの壮大なる襟飾りに、象徴せられたるロマンティシズムを感じた。尤もこれは僕ばかりではない。往来の人も男女を問はず、僕と同じ印象を受けたのであらう。すれ違ふ度に谷崎氏の顔をじろじろ見ないものは一人もなかつた。しかし谷崎氏は何と云つてもさう云ふ事実を認めなかつた。
「ありや君を見るんだよ。そんな道行きなんぞ着てゐるから。」
 僕は成程夏外套の代りに親父の道行きを借用してゐた。が、道行きは茶の湯の師匠も菩提寺の和尚も着るものである。衆俗の目を駭かすことは到底一輪の紅薔薇に似た、非凡なる襟飾りに及ぶ筈はない。けれども谷崎氏は僕のやうにロヂックを尊敬しない詩人だから、僕も亦強ひてこの真理を呑みこませようとも思はなかつた。
 その内に僕等は裏神保町の或カッフエへ腰を下した。何でも喉の渇いたため、炭酸水か何か飲みにはひつたのである。僕は飲みものを註文した後も、つらつら谷崎氏の喉もとに燃えたロマンティシズムの烽火を眺めてゐた。すると白粉の剥げた女給が一人、両手にコツプを持ちながら、僕等のテエブルへ近づいて来た。コツプは真理のやうに澄んだ水に細かい泡を躍らせてゐた。女給はそのコツプを一つづつ、僕等の前へ立て並べた。それから、――僕はまだ鮮かにあの女給の言葉を覚えてゐる! 女給は立ち去り難いやうにテエブルへ片手を残したなり、しけじけと谷崎氏の胸を覗きこんだ。
「まあ、好い色のネクタイをしていらつしやるわねえ。」
 十分の後、僕はテエブルを離れる時に五十銭のティップを渡さうとした。谷崎氏はあらゆる東京人のやうに無用のティップをやることに軽蔑を感ずる一人である。この時も勿論五十銭のティップは谷崎氏の冷笑を免れなかつた。
「何にも君、世話にはならないぢやないか?」
 僕はこの先輩の冷笑にも羞ぢず、皺だらけの札を女給へ渡した。女給は何も僕等の為に炭酸水を運んだばかりではない。又実に僕の為には赤い襟飾りに関する真理を天下に挙揚してくれたのである。僕はまだこの時の五十銭位誠意のあるティップをやつたことはない。
March 6th, 2012

その荒木が落合に面と向かって、こう言ったのは落合がチームを去る直前のことだ。

「監督、本当に殺したいと思っていましたよ」

 フフッと笑った落合、すぐさまこう切り返した。

「ようオマエ、泣き言言わんかったなぁ」

February 19th, 2012
December 5th, 2011
ここまできたら、もう呆れ返るほかはない。これらの件で騒いでいる自称「反原発」派の人たちは、実際には「東電原発事故」を「娯楽」として「消費」しているに過ぎない。私が思い出したのは「万物の商品化」という言葉だった。人々は、ネットにアクセスして、ブログやTwitterや掲示板のコメントを書く、あるいはそれらを読むというコストを支払って、人の死や病気という不幸、あるいは「東電原発事故」を楽しんでいるのだ。そんなのと比較したら、まだしも『産経新聞』の記事や、「リスク厨」たちの馬鹿騒ぎを批判する「原発容認派(あるいは推進派)」の指摘の方がまだしも説得力を持つ。これは「反原発」「脱原発」にとって危機的な状況なのではないだろうか。
October 24th, 2011

 愛澤さんの言葉を聞いて不思議に思ったことがあった。「負げねど飯舘!!」という団体名はずいぶん強そうというか、雄々しく聞こえる。が、愛澤さんの言葉は、楽観していなかった。そのギャップに驚いた。

 それを言うと、愛澤さんは小さくため息をついた。

 「飯舘はもう頑張れません。頑張れる状況じゃないんです。だから『負げねど』にしたんです」

 思いがけない答えが返ってきて、私は返す言葉を失った。

 「双葉(町。原発の地元)は突然死してしまった。でも保険(注:補助金や寄付など原発マネーのこと)に入っていたから、葬式が出せた。ここ(飯舘村)には交付金や補助金はおろか、東電の事務所すらいない。私たちも瀕死の重傷なのに、駆けつけてきた救急隊やまわりがみんな『大丈夫だ』『頑張れ』と言う。だから、せめて『負げねど』なんです」

 そうだったのか。ジョークを飛ばし明るい愛澤さんと過ごすうちに、いつの間にか、私も「頑張る被災者」というマスコミがつくったスレテオタイプを投影していたのかもしれない。

 「こうして記者さんに発言していても、本当は世間が怖いんです」

 愛澤さんはぽつりと言った。

 「世間はあっという間に敵に回ります。東電からの補償仮払金をもらって、遊んでいる村民もいます。それへのやっかみもあります」

 私ははっとした。これまで、欲望と闘争が渦巻く都会から遠く離れた山村で、慎ましく助けあって暮らしてきた村人たちは、突然薄氷を踏むような毎日に投げ込まれたのだ。

 村人が恐れているのは放射能だけではない。人間こそが怖いのだ。村の中で対立し、いがみ合う人間たち。被害者である村人に嫉妬の視線を向ける人間たち。

 表面は笑顔で「頑張って」と言いながら、心の底では何を考えているのか分からない。目に見えない放射能に劣らぬ、その不気味さ。

September 22nd, 2011

伊集院が昔言ってて心の底からこの人は頭がいいなあと感心した話。

まずみんなが集まっているところに伊集院が行って
ポッケからタバコの箱を出して「この中にスズメバチ入ってるから触らないでね」と言って、
そこに近寄らないようにしてからその場を離れる。

そのあとみんななんとなくその箱の置いてある席には近寄らないままでいる。
その部屋に他に人が入ってきたときに
「何でその席人がいないの?」
「なんか箱にスズメバチが入っているから座るなって」

そして最初部屋に居た人はもうみんな居なくなり、伝聞でしかスズメバチの事を知らない人だけが居るようになる。
そしてその人たちが更に新しく来た人に尾ひれをつけてスズメバチが居る話をする。
既に存在しないスズメバチがみんなの行動に影響を与えるようになっている。
最初は一匹という話だったのに、凄い数が入っているということになったりもするだろう。

そこにふらりと「スズメバチ駆除業者です」と名乗る男が現れて箱をポッケにしまい、
みんなに駆除の代金を請求するとみんな払う。
スズメバチなんて居ないのに。

「これが、テレビに関わっている俺の立場で言えるギリギリのラインの、霊能者というものへの考察」って。

May 26th, 2011
すべてのルールを無視する(Ignore all rules)
常に未完成な部分を残す(Always leave something undone)
専門用語を説明する(Explain jargon)
偏向を避ける(Avoid bias)
変更は統合する(Integrate changes)
明らかな無意味は削除する(Delete patent nonsense)
執筆者に機会を与える(Give the author a chance)
May 17th, 2011

越後屋と悪代官(神奈川県):11/04/27 14:55 ID:5mKFghnc0

現役の翻訳・通訳だが、 基本的に、読みたい洋書を読む、見たい洋画を見る、興味の湧くニュースを聞く、 真似したいと思う文章があったら書いてみる。機会があれば口に出してみる。 これしかないと思う。学習教材は飽きるから使わない。ナマのもので読みたいもの、 聞きたいこと、口にだしてみたい表現をパクる。パクってパクってパクリ続けて 5年もすれば立派なバイリンガルですよ。

378 :(群馬県):11/04/27 15:00 ID: i2qO69Z0

»376 英語の記事とかはある程度わかるけど 映画とか口語になると途端にわからなくなる

435 :越後屋と悪代官(神奈川県):11/04/27 20:19 ID:5mKFghnc0

>378
>英語の記事とかはある程度わかるけど
>映画とか口語になると途端にわからなくなる

DVD借りて、一度目は日本語字幕を出してストーリーを理解し、二度目は 英語字幕出して聞いてみ。
日本語字幕は忠実に訳すより状況を理解させる ためだけに付けているから、原意を反映していないことも多い。洋画を見る ことを趣味にするだけで耳はずいぶん上達する。

俺らの若い頃は貸しビデオ屋がなく、音源は映画館や進駐軍放送しかなかった。 あの頃に比べたら、ネットで英語ニュースも聞けるし、amazonでオーディオ ブックも買えるし、英語字幕を出してくれるDVDも借りられる。
聞いて覚える と言う気で興味の湧く映画、小説をこなせば誰でも英語は上達するし話せるよう になるよ。

April 28th, 2011
うちの塾に何度叱っても全く宿題をやらない子Aがいた かと言ってやる気がないかと言えばそうでもなく、出席率は高い 親もモンペではなく、どこでもいいから高校に合格できれば… と藁にもすがる思いで塾に通わせている感じだった とはいえ、五教科500点満点で合計50点しか取れないAを伸ばすのは容易じゃない 特に中二ともなると英語は過去形・未来形・比較級・最上級、、、 数学は連立方程式・一次関数・証明、、、と中ボスがウジャウジャ立ちはだかってくる その子の結果は言わずもがな さて、当時のカリキュラムでは中二数学の最後は「確率」 それまでの証明問題の難問まではこっちも気を緩めることなくビッシバシやるんだが、 それに比べるとこの「確率」なる分野は脳の使い方が全然異なる 少なくともここで一旦緊張の糸を緩めてやらないと、生徒たちも精神的にもたない Aの趣味はゲーム ハードを何台も所有し、その方面の友達付き合いは大勢いたようだ ちょっとAに合わせてやろうかな、、、と 「確率」を教えるにあたってこっちはゲーム感覚で接した そしたら、、、Aの目が目茶苦茶輝いてきた 信じられないことに、授業中誰よりも速く挙手して正答を連発した その姿を見て俺も周りの生徒も「おおおおおおお!!」と拍手喝さい、照れ笑いのA 結果、Aはその後のテストで自己最高点を記録した そして一年後、Aはなんとか地元の公立高校に合格した 今では工業大学を受験すべく、「得意な」数学を猛勉強しているとのことだ いつの時代も子供は無限の可能性を秘めているものだ こっちが与えられるのはほんの僅かなきっかけだけ それを自分のものにし、自分の中で育ててくれた生徒は本当に嬉しい